東京高等裁判所 平成10年(行ケ)170号 判決 1999年6月22日
東京都港区北青山1丁目2番3号
原告
東海カーボン株式会社
代表者代表取締役
大嶽史記夫
訴訟代理人弁理士
星野昇
同
福田保夫
同弁護士
湯浅正彦
神奈川県川崎市幸区堀川町580番地ソリッドスクエア
被告
東芝タンガロイ株式会社
代表者代表取締役
星野晋次
訴訟代理人弁護士
吉井参也
主文
特許庁が平成9年審判第7910号事件について平成10年4月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「摩擦材料組成物」とする特許第2048020号の発明(昭和61年7月23日出願、平成3年2月6日出願公告、平成8年4月25日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成9年5月15日、被告を被請求人として、本件発明の特許について無効審判の請求をし、平成9年審判第7910号事件として審理された結果、平成10年4月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を受け、同年5月12日にその謄本の送達を受けた。
2 本件審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり
3 審決を取り消すべき事由
(1) 本件発明の特許請求の範囲請求項1は、次のとおりであった。
「金属、合金および金属化合物の1種または2種以上(以下、金属系材料と総称する)をバインダーすなわちマトリックスとし、摩擦調整剤、潤滑剤、硬質粒子および補強材等のフィラーを加えて成る摩擦材料組成物において、マトリックスを構成する成分の中に、マトリックス内の重量%(以下、すべて重量%とする)で、Feは0.1~35%、Zn、Sn、Ti、Al、CrおよびSiはそれぞれ0.1~20%、Mn、Mg、V、Pb、Bi、Sb、In、Be、Cd、WおよびCoはそれぞれ0.05~15%、B、S、C、N、CeおよびPはそれぞれ0.01~4.5%、Moは3.875%以下、の範囲から選ばれたいずれか2種以上を含み、Ni12.5~70%、Cu30~80%およびNiとCuの合計が60%以上であることを特徴とする摩擦材料組成物。」
(2) 被告は、本訴の係属中である平成10年10月12日に明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)をすることについて審判を請求し、特許庁は、これを同年審判第39071号事件として審理した結果、同年12月8日に「特許第2048020号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)をし、原告は、同年12月14日にその送達を受けた。
(3) 本件訂正は、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的として、請求項1を次のとおりとするというものである。
「金属、合金および金属化合物の1種または2種以上(以下、金属系材料と総称する)をバインダーすなわちマトリックスとし、このマトリックスに、潤滑剤、硬質粒子、摩擦調整剤および繊維状補強材の中から選ばれた少なくとも潤滑剤を含むいずれか2種以上のフィラーを加えて成る摩擦材料組成物において、マトリックスを構成する成分の中に、マトリックス内の重量%(以下、すべて重量%とする)で、Feは0.1~35%、Zn、Sn、Ti、Al、CrおよびSiはそれぞれ0.1~20%、Mn、Mg、V、Pb、Bi、Sb、In、Be、Cd、WおよびCoはそれぞれ0.05~15%、B、S、C、N、CeおよびPはそれぞれ0.01~4.5%、Moは3、875%以下、の範囲から選ばれたいずれか2種以上を含み、Ni12.5~70%未満、Cu30~80%およびNiとCuの合計が60%以上であることを特徴とする摩擦材料組成物。」
(4) したがって、本件発明の技術内容は、本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて認定されるべきであるのに、本件審決は本件訂正前のそれに基づいて認定したものであるから、取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。
2 被告の主張
審決取消訴訟において、審決が違法とされるためには、審決の認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要し、訂正された発明の要旨のとおり発明の要旨を認定しても、審決が引用した公知ないし周知技術と対比して審決と同旨の理由により審決と同一の結論に達するときは、その誤りは、審決の結論に何ら影響しないから、審決を違法として取り消すことはできないものと解すべきところ、本件において、本件訂正審決における本件訂正は、本件審決の結論に何ら影響を及ぼさないものである。
すなわち、本件訂正審決における特許請求の範囲の本件訂正は、次の下線を引いた部分のとおりである。
(1) 「このマトリックスに、潤滑剤、硬質粒子、摩擦調整剤および繊維状補強材の中から選ばれた少なくとも潤滑剤を含むいずれか2種以上のフィラーを加えて成る摩擦材料組成物において」
(2) 「Ni12.5~70%未満」
審決は、この訂正事項(1)について、「フィラーを構成する物質をより詳細に特定したものであって・・・特許請求の範囲の減縮に該当する」と認定し、訂正事項(2)について、「Niの含有量の上限を「70%未満」とした訂正は、Cuの最小含有量30%との整合性を図ったもので、明瞭でない記載の釈明に該当する」旨認定している。
ところで、本件訂正審決は、訂正前の発明の要旨との関係において、「甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された発明はマトリックスに相当する成分が必ずしも明確でなく、仮に両者のマトリックスの組成が同じであったとしても、本件特許発明が摩擦材料組成物であるのに対して、甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された発明は摺動部材である点で相違する。」と認定したうえ、転用の点について、「甲第4号証及び甲6~9号証の記載を参酌しても、甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された摺動部材のマトリックスに相当する組成を本件特許発明のような摩擦材料組成物のマトリックスに転用して本件特許発明のようにすることが、当業者にとって容易なこととすることはできない。」と認定し、更に、甲第3号証に記載された発明との関係について、訂正前の発明は、「甲第3号証に記載された発明と同一あるいは甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」旨認定している。このように、本件訂正審決は、訂正前の発明の要旨との関係において前記の各引用例記載の発明又は技術は無効事由に該当するものではないと認定したのである。ところで、訂正後の発明の訂正事項(1)は、特許請求の範囲を減縮するものであるから、訂正前の発明を無効とするに至らなかった各引用例との関係において、訂正後の発明について無効事由の存否について結論を異にすることは、原則としてあり得ないということができ、したがって、訂正事項(1)によって審決の結論に影響を及ぼさないと考えられる。また、訂正事項(2)は、明瞭でない記載の釈明であり、この訂正によっても審決の結論に影響を及ぼさないと考えられる。
よって、原告の本訴請求は、理由がない。
理由
1 請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。
2 審決を取り消すべき事由について判断する。
上記当事者間に争いがない請求の原因3の事実によれば、本件において、本件明細書の特許請求の範囲が本件訂正審決によって減縮されて、特許請求の範囲の「バインダーすなわちマトリックスとし、」の後に「このマトリックスに、」との構成要素が付加され、「補強材」の前に「繊維状」を加え、その後に「の中から選ばれた少なくとも潤滑剤を含むいずれか2種以上の」との構成要素がそれぞれ付加されたことが認められる。
そうすると、改めて訂正後の特許請求の範囲と公知事実ないし周知事実との対比を行わなければ、本件発明に係る特許が無効とされるべきものであるかどうかを判断することができないことは明らかである。そして、このような審理判断を、特許庁における審判の手続を経ることなく、審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解されるから、本件訂正前の特許請求の範囲に基づいてされた審決を取り消した上、改めて特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである(最高裁判所平成11年3月9日第三小法廷判決・裁判所時報1239号1頁参照)。
被告は、審決取消訴訟において、審決が違法とされるためには、審決の認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要し、訂正された発明の要旨のとおり発明の要旨を認定しても、審決が引用した公知ないし周知技術と対比して審決と同旨の理由により審決と同一の結論に達するときは、その誤りは、審決の結論に何ら影響しないから、審決を違法として取り消すことはできないものと解すべきところ、本件において、本件訂正審決における本件訂正は、本件審決の結論に何ら影響を及ぼさない旨主張するが、上記主張は、審判の手続を経ることなく当裁判所において第1次的に訂正後の特許請求の範囲と公知事実ないし周知事実との対比を行うべきことを求めるものであって、これが相当でないことは上記説示のとおりであるから、採用することができない。
3 そうすると、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年6月8日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
理由
1経緯
本件特許第2048020号発明は、昭和61年7月23日に出願され、平成3年2月6日に出願公告(特公平3-8409号)がされた後、平成5年6月11日付け、平成6年10月21日付け、平成7年10月24日付け及び平成7年12月4日付けの手続補正書により明細書の補正がなされ、平成8年4月25日にその特許の設定の登録がなされたものである。
2 請求人の主張
(1)特許法第29条違反
平成5年6月11日付け手続補正書における補正は、特許請求の範囲のNi含有量の下限を減縮したものであり、特許法17条の3あるいは同法第64条の規定に違反するものではない。
しかるに、平成6年10月21日付け、平成7年10月24日及び平成7年12月4日付けの各手続補正書により補正された明細書の補正では、Mo含有量の下限が拡張されているから、特許法第64条第2項で準用される同法126条第2項の規定にいう特許請求の範囲の拡張に該当する。
また、平成7年12月4日付けの手続補正書における特許請求の範囲では、マトリックス内の成分を第1~第5の元素群に分け、これらの元素群から選ばれたいずれか2種以上の元素群を含むという構成になっているが、この補正は、特許法第64条第2項で準用される同法126条第2項の規定にいう特許請求の範囲の変更に該当する。
さらに、平成7年12月4日付けの手続補正書における実施例1及び実施例9は、マトリックスの成分の量や種類が変更されているから、特許発明の技術内容の変更であり、結果として特許請求の範囲の変更に相当する。
以上述べたところから、平成6年10月21日付け、平成7年10月24日及び平成7年12月4日付けの各手続補正書による補正は適法なものではないから、特許法第42条の規定により、これらの補年がなされなかった特許出願について特許がされたものとみなされる。
そうしてみると、本件特許発明は、甲第1号証(特開昭57-10163号公報)及び甲第2号証(特開昭55-145107号公報)に記載された発明に基づいて容易に発明することができものであるから、特許法第29条第2項に該当し、また甲第3号証(特公昭45-21168号公報)に記載された発明と同一あるいは甲第3号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号あるいは第2項の規定に該当し、同法123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。
(2)特許法第36条違反
仮に、平成7年12月4日付けの手続補正書による補正が適法なものであったとしても、特許請求の範囲における「マトリックス内の成分を第1~第5の元素群に分け、これらから選ばれた2種以上の元素群の範囲から選ぶ」技術的根拠は、何ら記載されておらず、所定の特性を得るためにはどのような組合せを選択すればよいかについては、当業者といえども困難であり、この点で本件特許明細書は、当業者が容易に実施をすることができる程度に記載されていない。
また、特許請求の範囲1には「マトリックス内の成分を第1元素群~第5の元素群の範囲から選ばれたいずれか2種以上の元素群を含み、Ni12.5~70%、Cu30~80%およびNiとCuの合計が60%以上である」ことが構成要件の一部として記載されている。この場合、Ni70%を選択すると、Cuは最小値の30%とせざるをえず、これで100%となってしまうから前記元素群が入り込む余地はなく、この場合どのように本発明を実施すればよいのかわからない。すなわち、本件特許発明の特許請求の範囲には、記載の不備があるといわざるを得ない。
したがって、本件特許発明の明細書に特許法第36条第3、4項に規定する要件を満たしていないから、本件特許は同法第123条第1項第3号の規定により無効とされるべきである。
3 当審の判断
(1)上記特許法第29条違反についての判断
本件の出願公告時の発明の要旨は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりであり、それに対して、平成5年6月11日付け手続補正書において補正された発明の要旨は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりであって、この補正は、特許請求の範囲のNi含有量の下限を切り上げて、その範囲を減縮したものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから、適法な補正である。
平成6年10月21日付け手続補正書において補正された発明の要旨は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりであり、この補正について請求人は、Mo含有量の下限が拡張されているから、特許法第64条第2項で準用される同法126条第2項の規定にいう特許請求の範囲の拡張に該当すると主張している。
しかしながら、平成5年6月11日付け手続補正書において補正された発明の要旨は、上記のように特許請求の範囲の第1項すなわち独立項のとおりであり、そこにおいてMo等の成分は限定されていないから、平成6年10月21日付け手続補正書において補正された発明においてマトリックス内にMo等の成分(以下、「付加されたマトリックス内の成分」という)を更に付加したことは、特許請求の範囲を減縮したものであり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから、適法な補正である。
平成7年10月24日の手続補正書において補正された発明はの要旨は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりであり、この補正は、平成6年10月21日付け手続補正書において補正された発明が、上記付加されたマトリックス内の成分の「いずれか1種または2種以上を含み」であるのに対して、同成分「から選ばれたいずれか2種以上を含み」のように特許請求の範囲を減縮したものであり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから、適法な補正である。
平成7年12月4日付け手続補正書において補正された発明の要旨は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりであり、この補正は、(1)平成6年10月21日付け手続補正書において付加されたマトリックス内の成分を第1~第5の元素群に分け、これらの元素群から選ばれたいずれか2種以上の元素群を含むことを発明の構成要件にしたものであり、かつ(2)実施例1及び実施例9のマトリックス内の成分の量や種類が変更している。
(1)の群分けの技術的思想及び(2)の実施例の変更は、いずれも、平成7年10月24日の手続補正書において補正された明細書又は図面に記載した事項の範囲を超えて、発明に関する技術的事項を変更する補正である。
したがって、この補正は、特許法第64条第2項で準用される同法126条第1項のいずれにも該当せず適法なものではないから、本件特許は、特許法第42条の規定により、この補正がなされなかった特許出願について特許がされたものとみなされる。
してみると、本件特許発明の要旨は、平成6年10月21日付け及び平成7年10月24日付け手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、平成7年10月24日付け手続補正書の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの「金属、合金および金属化合物の1種または2種以上(以下、金属系材料と総称する)をバインダーすなわちマトリックスとし、摩擦調整剤、潤滑剤、硬質粒子および補強材等のフィラーを加えて成る摩擦材料組成物において、マトリックスを構成する成分の中に、マトリックス内の重量%(以下、すべて重量%とする)で、Feは0.1~35%、Zn、Sn、Ti、Al、CrおよびSiはそれぞれ0.1~20%、Mn、Mg、V、Pb、Bi、Sb、In、Be、Cd、WおよびCoはそれぞれ0.05~15%、B、S、C、N、CeおよびPはそれぞれ0.01~4.5%、Moは3.875%以下、の範囲から選ばれたいずれか2種以上を含み、Ni12.5~70%、Cu30~80%およびNiとCuの合計が60%以上であることを特徴とする摩擦材料組成物。」
にあるものと認める。
そして、甲第1号証には、「ステンレス、炭素鋼からなる継目なしパイプの内面に、重量比で錫4~10%、ニッケル10~40%、燐0.5~4%、黒鉛3~10%、残部銅からなる焼結合金層が密着一体化された複層からなる焼結摺動部材。」(特許請求の範囲第1項)について記載されており、甲第2号証には「薄鋼板上に重量比で錫4~10%、ニッケル10~40%、燐0.5~4%、黒鉛3~10%、残部銅からなる焼結合金層が被着形成されてなる複層摺動部材。」(特許請求の範囲第1項)について記載されている。
また、甲第3号証には、第4頁第2表のテストNo16に、「ボタン摩擦材料の成分として、容積%で、Ni13.3%、Cu22.5%、Mo2.4%、ムライト30.5%、グラファイト31.3%のもの」が記載されている。請求人によれば、これをを重量%に換算すると、Ni23.2%、Cu39.6%、Mo4.8%、ムライト18.5%、グラファイト13.8%となり、「マトリックス内成分であるNi、Cu、Moの重量比は34.3%、58.6%、7.1%」となる。
そこで、本件特許発明と甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された発明を比較すると、甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された発明はマトリックスに相当する成分が必ずしも明確でなく、仮に両者のマトリックスの組成が同じであったとしても、本件特許発明が摩擦材料組成物であるのに対して、甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された発明は摺動部材である点で相違する。
なお、請求人は甲第1号証若しくは甲第2号証記載の「黒鉛」を、本件特許発明の「C」に相当させ、マトリックス内の成分にしているが、本件特許発明では黒鉛はフィラーであってマトリックス成分ではない。他方、請求人は、甲第3号証においては、グラファイト即ち黒鉛を本件特許発明と同様にフィラーとみている。この点で、請求人の甲第1号証若しくは甲第2号証に記載されたマトリックスの認定は正確でない。
請求人は、上記相違点の構成の容易性の根拠として、本件特許明細書の記載「Niは耐熱性、強度等のすぐれた金属であるから、これをベースとする合金として、あるいはFe系合金等に添加して用いることが広く行われ、それらを摺動材、摩擦材等の用途に用いることも考えられていた。」(本件公告公報・甲第4号証の第2頁3欄25~29行)を指摘して、摩擦材、摺動材のマトリックス材はいずれにも共通して使用可能である旨主張している。
さらに、請求人は、この点に関する当審の審尋に対する回答書において、摺動部材あるいは軸受け部材の組成と同じ金属マトリックスが摩擦部材の金属マトリックスとして使用されることを立証するための証拠方法として、甲第6号証(昭和35年9月1日、株式会社養賢堂発行「機械の研究」第12巻第9号[9月号]第1167~1173頁及び奥付)、甲第7号証(昭和42年10月20日改訂第1刷、株式会社技術書院発行、若林章治外1名著「粉末冶金」第66~69頁及び奥付)、甲第8号証(米国特許第2、178、527号明細書)及び甲第9号証(米国特許第2、239、134号明細書)を提示している。
しかしながら、上記甲第4号証及び甲第6~9号証の記載をみても、摩擦材、摺動材のマトリックス材の組成はいずれも同じであるとは認められない。例えば、甲第8号証の第2頁右欄19~28行記載の摩擦材と同頁同欄28~31行記載の摺動材とでは、マトリックス材の組成は明らかに異なっている。
してみれば、甲第4号証及び甲6~9号証の記載を参酌しても、甲第1号証若しくは甲第2号証に記載された摺動部材のマトリックスに相当する組成を本件特許発明のような摩擦材料組成物のマトリックスに転用して本件特許発明のようにすることが、当業者にとって容易なこととすることはできない。
したがって、本件特許発明は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができものとすることはできない。
次に、本件特許発明と甲第3号証に記載された発明を比較すると、両者は、マトリックス内のNiとCuの含有量が同一な摩擦材料組成物の点で一致しているが、以下の点で相違する。
1)マトリックス内のMoの含有量が、本件特許発明は3.875%以下であるのに対して、甲第3号証に記載された発明は7.1%である点。
2)マトリックス内に、本件特許発明は、Mo以外にFe等さらに少なくとももう一種の金属系材料を含有しているのに対して、甲第3号証に記載された発明は、上記もう一種の金属系材料を含有していない点。
しかも、本件特許発明は、上記相違点の構成によって、明細書記載の効果を奏するものである。
したがって、本件特許発明は、甲第3号証に記載された発明と同一あるいは甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
(2)上記特許法第36条違反についての判断平成7年12月4日付けの手続補正書による補正は、上記のように適法なものではなく、この補正がなされなかったものとみなされるから、請求人の主張する問題点は一応解消した。
ただ、NiとCuの含有量に関して請求人が主張するような不都合な例は、本件特許発明でも依然として残っているが、当業者ならば、本件特許明細書及び図面の記載並びに技術常識等を参酌して、このような不都合な例を適宜除外して本件特許発明を実施するものである。
したがった、上記の不都合な例をもって、請求人が主張するように、「本件特許の特許請求の範囲に記載の不備がある」という程のものではない。
4 むすび
したがって、請求人が主張する理由及び提示した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。